ラーニングアナリティクス最前線
LMSの学修ログから意欲の高い学生を
さらに伸ばすヒントを探る

世界トップクラスの教育システムを持つ東京工業大学。同大学では「学修意欲の高い学生をさらに伸ばすこと」を目標に掲げ、LMSに蓄積された学修データの分析を試験的に開始しました。国内でもまだ珍しい、大学教育の最先端を行く取り組みです。
その難しさやツール選定の経緯について、教育革新センター 特任講師の仲谷佳恵氏に伺いました。
導入のポイント
LMSにダッシュボードツールを組み合わせ「学生をさらに伸ばす」取り組みを始動
動画の視聴状況をグラフ化することで「その次の学修への支援」がわかる
ツールのカスタマイズ性が高いため、日々変化する教育現場へ柔軟に対応
課題
  • 学修意欲の高い学生をさらに伸ばしたい
  • 希望通りにグラフ化できるよう、カスタマイズ性は必須
  • 教育現場の変化に合わせて継続的な修正が重要
解決
  • 動画視聴ログが授業・学修の改善へ
  • データ範囲や表示方法に制限なく希望通りにグラフ化
  • 扱いやすい操作性で簡単に実現可能

学修意欲の高い学生をさらに伸ばしたい

――東京工業大学様では2021年度にLMS「T2SCHOLA(ティーツースカラ)」を全学で運用開始されたそうですね。その背景について教えてください。

仲谷氏 本学では2016年度に教育改革がスタートし、学生が自ら進んで学べるよう、教育体制の再編や教養科目の新設などを行いました。それと期を同じくして始まったのがLMS導入の検討です。

5ヵ年計画で「学生が自ら進んで学べるプラットフォームの構築」事業を掲げ、Moodleをカスタマイズする形でT2SCHOLAを構築しました。そしてT2SCHOLAと連携させる形で、学生の修学上の意思決定場面を支援するアナリティクス機能をダッシュボードツール「Re:dash」で実装したのが今回の取り組みです。

事業名にもあるように、学生の主体的な学びを促すことで「学修意欲の高い学生をさらに伸ばす」というコンセプトが本事業の特徴的な点です。
国立大学法人東京工業大学 教育革新センター 特任講師 仲谷 佳恵 氏
――このような目的でLMSを活用されるのは、全国的にも珍しいんでしょうか?

仲谷氏 そうですね。今までは中退者予測などで活用される形が多かったと思います。「学修意欲の高い学生をさらに伸ばす」という目的での活用は、有名なところでは九州大学さんなど、まだ数校の大学にとどまる珍しい事例になるかなと思います。

――「修学上の意思決定場面の支援」というキーワードが出ましたが、具体的にはどのようなイメージでしょうか。

仲谷氏 本学は学士課程から大学院課程に進学する学生がかなり多いものですから、例えば学生がキャリアパスを考えるときには、単に雰囲気だけで決めるのではなく「こんな研究をしたい」「こんな研究室に進学したい」「こんな研究者になりたい」「こんな企業に就職したい」と明確な目標を持ってもらいたいと考えています。

そうした時に、「自分の希望と同じキャリアパスをたどった人は過去どういった学習をしていたのか」「同じ目標を持つ同期の学習履歴は自分と比べてどうか」といったデータを学生に提供して、道しるべにしてもらうイメージですね。

これは最終目標で、実際はまだ学生が利用できる環境にはないのですが。現在は、まず教員向けに授業動画の視聴ログをグラフ化して提供し、授業に活かしていただこうとしている状況です。
「学生の判断に役立つ教学情報の可視化」が最終目標
※出典:東京工業大学「LPG事業の5年間の経緯」

「何をどう見せたいか」は明確だった

――グラフ化と一口に言っても、どのデータを抽出するか、母数に何を設定するか、など難しそうです。

仲谷氏 本取り組みの前任者がラーニングアナリティクスの専門家で、統計への造詣が深かったため、初めの方向付けは比較的スムーズに進みました。「このようなデータを見せたい」「このようなグラフに加工したい」という明確な目標があった点は一番大きいのかなと思っています。

扱うデータの形式については、多種多様なデータを取り扱うとなると自由度が高まる一方で収拾がつかなくなるので、まずは1つ決めようということで動画データを扱うことにしました。そこから「どう見せるか」を、現場の先生方や学生さんの声も聞きながら試行錯誤していった形です。

カスタマイズ性が一番の決め手

――今回、ツールにはダッシュボード「Re:dash」をご採用いただきました。採用の決め手となった点を教えてください。

仲谷氏 何より大きかったのは、カスタマイズ性が高かったことです。他のツールも検討しましたが、データの範囲に制限があったり、分析結果の表示の仕方にどうしても制限が出てしまうこともありました。ツールの仕様に関係なく、希望通りにデータを見せたいですし、その見せ方は教育現場の事情によっても適宜変わってきますので、そうした変化にも柔軟に対応できる点が大きかったと思います。

もう1点は、自由度と実現難易度のバランスに優れていたことです。現在Re:dashで実現していることは、統計解析の専門ツールを用いても恐らく実現可能です。ただし、専門ツールの知識やLMSとの連携方法に関する知識が必要で、時間もコストもかかってしまうと思います。そうした専門ツールの難しい部分をそぎ落として、簡単に実現できる点がRe:dashのメリットでしたね。

あとはオンプレミスで実装可能な点や、幅広いデータソースを扱える点、OSS(オープンソースソフトウェア)である点なども採用の決め手でした。早期立ち上げのため、OSSの導入経験が豊富なレゾナント・ソリューションズ株式会社とパナソニックISに構築を依頼しました。

――その時々の希望に合わせてどんな見せ方にも対応できる点、専門スキルを必要としない点が決め手だったのですね。導入にあたり、気を付けた点はありましたか?

仲谷氏 T2SCHOLAの画面上で、Re:dashで作ったグラフを表示させるように組み込みました。DX化に伴い色々なシステムが導入されているので、見る画面はあまり増やさない方がユーザーにとっては嬉しいのではないかと。

組み込みに限らず、Re:dashでエラーが出た際はパナソニックISとレゾナント・ソリューションズに質問しながら適宜修正していきました。急遽事情が変わったことも多々あったのですが、柔軟に答えをいただけて非常にありがたかったです。

動画視聴ログからヒントが見える

――ありがとうございます。まずは授業動画の視聴ログをグラフ化されているということで、具体例を教えてください。

仲谷氏 実験の動画をT2SCHOLAに上げていらっしゃる先生の場合だと、「1本の動画の中でも特に見てほしい部分を、学生がきちんと見てくれているかどうかを確認できる」という声がありました。

また、講義動画の場合、「説明がきちんと伝わっていない部分がないかの確認に活用できる」という声もありました。1本の動画の中で繰り返し見られている部分があれば、そこの説明がきちんと伝わっていないのでは?と仮定して、次の講義で補足が可能になるとのことです。

本学は講義・実験・演習などさまざまな授業形式があるので、それぞれの形式に合わせて分析結果を提示する必要もあるかもしれません。そういった意味では、やはり自由にカスタマイズできるのは重要な機能のひとつなのかなと思います。先生方から聞いた声をすぐに反映できるのはRe:dashならではですね。
――最終目標である「学生さんへのデータ提供」に向けて、これからも活用を進めていくんですね。

仲谷氏 この1年はT2SCHOLAの運用開始と並行して行ってきましたので、どちらかというと安定的な運用のための下地作りに比重を置いてきました。Re:dashの利用はまだ始まったばかりなので、今後は教員側・学生側それぞれでの展開について、深く検討するフェーズにようやく入っていけると思っています。

教員に向けては、動画だけでなく他のデータを組み合わせてさらに活用したいですし、学生に向けては「個人の学習履歴を匿名化した上で、学修の選択における参考情報として学習者相互で利用可能かどうか」という個人情報の取り扱いの問題がまずありますので、取り扱い規定などのしくみ作りから整備が必要です。

これからも、パナソニックISにはグラフの活用・設定などに関してお世話になると思いますので、引き続き柔軟な対応を期待しています。

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当社担当からひとこと

前 康幸
要件定義に参加させて頂きました。何々について知りたいという目的と、それに合ったグラフの種類や階級数を設定することが大事だという事がわかり、ITと統計学に精通した「データサイエンティスト」の必要性を実感しました。
今回は、当社にとっても新しい領域へのチャレンジでしたが、専門家の先生方が居られたのでスムーズに進めることが出来ました。当社にもデータ分析ソリューション事業部がありますので、今後はナレッジを積み上げて、更に踏み込んだご支援までできるよう専鋭化していきます。
取材︓2022年3月15日 
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